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アセスメントについて、わたしが好きなところ

10月6日
読了時間: 4分

臨床心理学では、アセスメントは心理査定とも呼ばれている。その人が今どうあるか、を 見立てるその方法のことだ。

主に精神科領域では、各種の心理検査を通してこのアセスメントがなされることが多い。

アセスメントの手法はいろいろあり、心理検査以外には、行動観察というものや、特定の質問に対して答える半構造化面接という形式もある。


わたしは、特に心理査定の盛んな土地柄で学んで育ち、多くの諸先輩方から直接、学び、添削をしていただく機会にも恵まれてきた。

ここに、アセスメントの好きだと思うところを、書いてみようと思う。



1.クライエントと信頼関係を築きやすい


何年もいろんな方に出会ってきた中で、人は本当にいろいろ違うのだと実感することが多い。気性も、置かれた状況も、傷つき方にもいろいろあり、何年検査をやっていても毎回、新鮮味があり、飽きることがない。

こちらの先入観をなるべく排除して、自分のフィルターさえも相対化して、まっさらにクライエントを理解しようとするときに、自分に馴染んだ心理検査がいくつかあるのはとても心強いものだ。


個人的な主観は、偏見との境界線が危うくなりやすく、なかなか断定しにくいものだ。もちろん検査を通したからといって、断定できるとは限らず、歯切れが悪いことには変わりはなないが、比較するデータからある程度のことが言える場合もある。

偏見に基づいた感想ではなく、多くの標準化データを踏まえた客観性のある検査を通してわかる所見は、クライエントに説得力と安心感を与えることが多い。


また、クライエントとの関係がまだできていないうちだからこそ、検査データがより客観性を帯びていて、のちのちの展開で煮詰まった時などに見返すと、それが示唆を与えてくれることもある。

最近は、ほとんど直接フィードバックする機会がなくて残念だが、直接クライエントのリアクションを感じながら共に理解が進むとき、互いへの信頼関係がなんとなく出来て、向かうべき問題が共有される感じが持てるのもいい。




2.矛盾も含めて、豊かな情報が得られる

1つの心理検査で分かることには、多かれ少なかれ、限界があるので、いくつかの心理検査を組み合わせてアセスメントすることも多い。

いくつか検査を組み合わせると、重なり合う所見はその人の特徴をより色濃く示唆しているし、矛盾する所見は、その人オリジナルの葛藤を示している場合もある。


特にこの矛盾する所見は、どう理解し、まとめるかに頭を悩ませることも多く、直接フィードバックで尋ねてみないとはっきり分からないこともある。しかしそうした苦労を忍ても、そのオリジナルな意味が分かったときには、双方にとても満足感がある場合が多い。 検査を通して出てくる矛盾は、「自分らしいな」とか、「だから今苦しいのか」といったことが垣間見れる貴重なデータだ。




3.専門性を鍛えられる


いろんな状況を抱えたいろんな人がいる、ということをそのまま理解するのに、臨床家が心理検査に習熟するのは、たとえば、料理人がよく切れる包丁に助けられるとか、消防士が優れた防火衣に守られるとか、占い師が相性のいいタロットカードに導かれる思いをするのようなものであると思う。

欠かせない道具として肌身離さず、自分に馴染ませ、使いこなしていくにつれて、味わい深くなっていく。


心理検査は、ほぼ10年スパンで検査用具がリニューアルされることがあり、その都度、馴染んだものが一時的に失われるさみしさもある。

しかし、その道具を通して学んだ人間理解が、自分のメタ認知の中に積みあがっていき、自然と統合的なこなれた解釈ができるように近づいていく。

長く続ける良さである。




心理検査は、多くの精神科病院で受けることができるが、現状の保険点数は、ほぼ実施分の料金しかいただいていないくらいの安価な値段がついている。実際には、実施したあとに、その何倍も時間をかけて報告書をまとめている。機械にかけてざっと結果を出しているところもあるかもしれないが、今なお、アナログにうんうん唸りながら、四苦八苦して報告書をまとめているところも多いのではないかと思う。

それで、私設カウンセリングでの心理検査は、一般的に値段が高く設定されている。

大変アナログだが、レディ・メイド、もしくはオーダーメイドな仕立て、なのである。





 
 
 

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