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臨床心理士・公認心理師のこと

  • 2 日前
  • 読了時間: 3分

臨床心理士・公認心理師は、病院に所属している場合もあれば、kuuteのように私設でやっているところもあれば、中・高・大学の相談室にいる場合もあれば、司法関係が勤務先の人もいて、珍しく横断的な資格である。


それぞれの所属先で出来ることは、いろいろ変わる。

でも、なんでも屋というわけでもない。


「相談」と一言で言われるが、相談の受け手にはいろんな職種の人々が混ざり合っている。心理系の資格も、公的なものもあれば、民間認定のものもあるし、資格がなくとも困っていたり弱っている人がいたら力になりたいと思う人情もあわせると、実に多種多様である。


人は生きている限り、悩みとは無縁ではいられないので、

どこでも相談したくなるものである。

さて、どういう内容なら誰にどんなところに相談するとよいのだろうか。

本当に迷うくらい、あちこちで相談だらけである。


臨床心理士・公認心理師の仕事は、大きく、アセスメント(査定)、介入(心理療法やカウンセリング)、地域貢献、および研究、と言われている。

この4つをバランスよく続けるのはとても難しいが、研鑽を積み続けねば資格を維持できない厳しい仕組みの中で、ひたすら勉強をし続けてきた。

(現在の公認心理師になって以降の生涯教育のシステムは少し違うが、臨床心理士は、5年ごとの資格更新のたびに3つの領域以上にまたがる内容の研修を、累積で15ポイント(1つの研修につき、参加者なら大抵2ポイント、発表者やスーパーバイザーはポイントが少し高い)貯めないと更新ができないシステムである)。自分の研究がままならなくても、同業者の研究をたくさん見聞きし、少しでも目の前のクライエントに役立つことを吸収しようとしてきた。


それでも目の前のクライエントの役に立つのは、とても難しいものだ。

相手を慰めるような優しい言葉をかければよいだけでもない。けれども、タイミングよく優しい言葉がかけられなければ、相手との関係は築けなくなることもある。相手との出会いはその時の縁次第、キャリアを積んだからといって必ずしもいつもうまくいくとも限らない。 対応のしかたも、表面上は、素人も資格を持っている人も何も変わらない。 困っている人を助けたいとか、力になりたいという気持ちの強さでは、資格は関係ない。


いろんな職域の同業者をみていて、心理士に特徴的だと思うのは、アセスメント力と、複合的な情報をコーディネートする力かな、と思うことがある。それに、教育等、裏方に回ることも多い。


たいていの人の困りごとは、常識的な範疇の試行錯誤はご本人自身が四苦八苦されていたり、周りの方のお力添えがあったりして、助言めいたことが何も言えないこともよくある。

自ずと謙虚に、質問が増える。しかし尋問にならないように、間を埋めて考える。その過程で、こんな気持ちも、あんな気持ちもあるのかなと推測が出てくる。決めつけてしまう前に確かめたいが、どう確かめれば相手に脅威を与えずに、相手の素直なままに話が出てくるだろうか、と思案する。思案のまま、続きを聴こうとする。だから、なめらかではない。


わたしが憧れてきた臨床家たちは、1を聴いて10に気づくような、感受性の鋭さと相手への思いやりのあることばづかいを持った人が多い。それはアセスメントのもとにある丁寧な観察力から来ていると思っている。そして、どんな話題でもついてきてもらえる柔軟さがある。わたしもそうありたいと思っている。


誰かとの深い対話の中で、自分の本心に気づきたいときには、ぜひ、カウンセリングを利用するとよいと思う。相手に答えを教えてもらうのでもなく、相手にお膳立てを任せるのでもなく、自分で答えを見つけていきたいけれども、ひとりじゃさっぱり、と言うときに、生身の不完全さのある人としての応答がほしいときには、ぜひ、活用してほしい。




 
 
 

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